特集記事

装置メーカーの矜持

X線構造解析装置を開発するために創業したリガク。
ユーザーと開発現場をつなぎ単結晶構造解析のトレンドを
リードする同社を支える
2人のスペシャリストにスポットを当てる。

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持ち込まれた奇妙なサンプル

「これなら、十分行けると思いますよ」

株式会社リガク応用技術センター佐藤寛泰の自信に満ちた表情に、東京大学の猪熊泰英助教(当時。現北海道大学准教授)は、胸をなでおろした。リガクはX線分析・熱分析・X線非破壊検査機器の専門メーカー。世界2大メーカーのひとつに数えられ、単結晶X線構造解析装置では世界シェア5割を占める。

2013年の4月、猪熊はこの日、所属する東京大学工学系研究科藤田研究室で作成した単結晶サンプルを持ち込んでいた。同研究室で進める結晶スポンジ法によって作成されたサンプルで、佐藤も目にするのは初めてだった。しかも通常サンプルに使用する結晶よりずいぶんと小さい。受け取った佐藤はさっそく装置にかけた。そして、いとも簡単にその結晶を構成する分子の姿を浮き上がらせて見せた。

X線構造解析は物質の正体を見極めようとする研究者がもっとも信頼を寄せる手法だ。

物質にX線を当てると、原子核の周囲にある電子によって散乱する。散乱する力は各原子が含む電子の数に依存し、原子番号が大きく多くの電子を含む原子では、X線の散乱が強くなる。一つひとつの原子が散乱するX線は非常に弱いが、原子や分子がきれいに並ぶ結晶に照射すると、散乱したX線が描く縞模様の山と山とがの重なり合ったところが濃くなる要領で,各結晶の原子の配置に特有の散乱パターンが現れる。これをコンピュータで解析することで、結晶中の電子の分布、すなわち原子の配置を決定できる。

猪熊が同社に持ち込んだ単結晶サンプルは1片が50ミクロンほど。それまで猪熊が単結晶構造解析で用いていたサンプルのサイズは一片100ミクロン程度で、この日持ち込んだサンプルは、分子の数でいえば20分の1しかない。その“わずかな”分子でくっきりとした像を得るには強力なX線が必要だが、当時藤田研で保有していたX線構造解析装置では強度が弱く、まったく歯が立たなかった。そこでリガクの最新鋭の装置に期待をかけて訪れたのだ。

精緻な技術でX線構造解析の発展を支える

リガクは1950年代にX線構造解析装置を開発することを目的に設立。世界で初めて回転対陰極型X線発生装置するなど、装置の発展をリードしてきた。とくに装置、部品のものづくりに関わる力は抜きん出ており、熟練の技術陣、最新の加工設備を揃え、X線源から、散乱したX線を受け取るディテクター、サンプルの角度を調整するゴニオメーターまで、すべて自社で開発・製造している。過去には工程の一部をアウトソーズしようとしたこともあったが、外部の技術者では精度を実現できず、結局すべてを自社開発する道を選んだという。同社の精緻な技術がうかがえる逸話だ。

「パワフルなX線源と感度のいい検出器を有していて、トータルコーディネートできるのはうちだけ。猪熊さんのサンプル程度の大きさであれば造作のないことでした」と佐藤は胸を張る。

リガクが誇る技術陣

ユーザーとメーカーの架け橋に

現在佐藤と同じ応用分析グループに所属する菊池貴は、2011年まで藤田研究室にいて、結晶スポンジ法の研究が動き始めるのを見ていた。

「おもしろいこと始めたなあと見ていました。それが、東大を離れてしばらくしたら科学雑誌の『Nature』に掲載され、こんなに展開しているとはとびっくりしたのを覚えています」

「サンプルが少なくてすむというのも、結晶スポンジ法の大きな利点です。NMRだとサンプルを作成するための香料原料が10キログラム必要だったのが、結晶スポンジ法なら10グラムもあればいい。溶媒もごくわずかですみますし、時間、労力も格段に軽減する。それだけ未知の新たな化合物にチャレンジするチャンスが増えるのです」

錯体化学が専門で、当時、ポスドクとして京都大学に籍をおいていた菊池に、2015年、東大時代の恩師である藤田教授から声がかかった。

「分析化学の現場と装置開発の現場をつなぐ架け橋になってほしい」

 X線結晶構造解析は物質の構造を決定するうえでもっとも信頼のおける手法だが、結晶でなければ見られないという弱点がある。常温で固体の物質は結晶化できれば解析できるが、液体や気体はそもそも結晶化しないので解析できない。

「なかなか結晶化できないものも多くて、溶媒を変えたり、静置する温度を変えたりといろんな条件を試して、あとは祈るしかない。いつできるかわからないなら、まどろっこしいことはなしで、他の分析装置のデータを集めて類推して決めてしまおうというのが分析化学の現場の正直なところで、X線構造解析装置なんて触ったこともないという研究者も多いのです」携えた坂口氏が、香料分析を新時代に押し上げようとしている。

そこへ結晶スポンジ法が現れた。特殊なスポンジを溶液に浸すだけで結晶を作ることができるという革新的な技術の登場に研究者たちは色めき立った。実際、結晶スポンジ法が科学技術振興機構のACCELプログラムに採択され実用化に向けて動き始めると、企業から多くの研究者が殺到した。集まった研究者には初めて構造解析に触れる者も多い。佐藤もここに加わり原理から説明して回った。その後任にと菊池に白羽の矢が立った形だ。

その後、プログラムは統合分子構造解析講座に引き継がれ、続々と成果が現れている。分析現場の「やりたいこと」とX線構造解析装置の「できること」をすり合わせ、X線構造解析ができる人を増やし、使いやすい装置を作るうえで、佐藤と菊池の役割は重要だ

「我々がいままでお付き合いしたことがなかった業界の人が多く、それぞれに構造決定したい物質の性質も違う。我々としても勉強になることは多いですね。またこういう処理をしたいけれど自動化できないですかという相談も多く、そのお声は装置の改良に役立たせていただいています」(佐藤)

アプリケーションラボラトリーには、相談に訪れる顧客が絶えない

万能の分析装置を目指して

2015年、リガクはX線構造解析装置のソフトウェアに定評のあったポーランドのオックスフォード社を買収。オ社の技術を取り込んだ「Synergy」シリーズは、正確な機器の制御や自動化処理でも優れた性能を発揮し、さらに感度も約10倍向上した。装置の感度がよければサンプルの量は少なくてすむ。1マイクログラムのサンプルを得るのにときに何トンもの天然材料をすりつぶす必要があった研究現場にとって大きな福音となった。佐藤、菊池のもとに寄せられた声は都度開発に反映され、改良が繰り返されている。

「化合物の像を撮るところまでの流れは一通り自動化されました。今後は解析の工程もAIを用いて自動化できるようにしていきたいと考えています」(佐藤)

「結晶スポンジ法ができてX線構造解析が使える領域は大幅に広がりました。それでもまだ万能とはいえません。みなさんと力を合わせてもっと手軽に使える装置にしていきたい。中学校の理科の実験でも使えるようなものにできたら最高ですね」(菊池) 「X線構造解析の100年問題」といわれた難題を乗り越え、分析化学は新時代を迎えようとしている。

本社エントランスには、創業時に製造していた装置が残る
佐藤 寛泰

佐藤 寛泰

株式会社リガク
応用技術センターROD(単結晶解析グループ)
構造有機の研究に携わったのち、2009年リガクに入社。2014年にスタートした「ACCEL 自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」に参加し、結晶スポンジ法実用化の礎を作る。博士(理学)

菊池 貴

菊池 貴

株式会社リガク
応用技術センターROD(単結晶解析グループ)
錯体化学の研究に携わったのち、2015年リガク入社。ACCELとそれに続く東京大学社会連携講座に加わり、結晶スポンジ法の実用化を進めている。博士(工学)

メンバー
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