
研究課題
X線結晶構造解析のボトルネックとなっている結晶化の工程を省略または簡略化するさまざまな技術を開発する。
研究課題
X線結晶構造解析のボトルネックとなっている結晶化の工程を省略または簡略化するさまざまな技術を開発する。
研究内容
研究課題にて開発された技術を基盤とし、創薬・食品・香料・化学研究における新しい研究手法やアプローチを提唱・実践する。
教育内容
左記の研究を通して、学生の教育および若手教員の育成をはかる。
結晶スポンジ法がビールを美味しくする!?
世界中で愛飲されているビール。爽快な苦味が癖になる、そんな人も多いのではないでしょうか。しかし、意外なことにビールに含まれる苦味成分については科学的にまだまだ明らかになっていないことが沢山あるのです。原料であるホップに含まれるα酸という化合物がビールの苦味の起源となる化合物であり、醸造工程でα酸はイソα酸に異性化します。このα酸、およびイソα酸の”正しい構造”が解明されたのは、なんと2013年になってからなのです。天然物の構造解析が難しいことを物語っている例ともいえます。α酸やイソα酸はさらに様々な成分に化学変化することが知られているのですが、その構造を特定した例は極僅かであり、ビール中には未だ化学的に明らかにされていない苦味成分が多数含まれています。我々はHPLCと結晶スポンジ法を効果的に組み合わせることで、微量の未知苦味成分を網羅的に解明することに世界で初めて成功しました。今回解明したイソα酸が変化して出来る化合物は、いずれも複雑な立体構造を有しており結晶スポンジ法が威力を発揮しました。変化物の構造を解明したことで、化学変化が起こるメカニズムが理解できるようになります。このような知見は反応をコントロールして鮮度を維持したり、苦味成分組成をコントロールして味を調節したり、新たな醸造技術の開発に繋がります。結晶スポンジ法の産業利用という面でも重要な成果と考えています。
Comprehensive Structural Analysis of the Bitter Components in Beer by the HPLC-Assisted Crystalline Sponge Method
Y. Taniguchi, T. Kikuchi, S. Sato, and M. Fujita
Chem. Eur. J. 2021, 28, e202103339.
拡張スポンジ法−包接によるタンパク質の構造解析を目指して−
本研究では、巨大な中空構造をもつ錯体分子に天然タンパク質を精密に内包し、包接されたタンパク質の構造・性質を初めて詳細に解析しました。その結果、タンパク質が錯体内の空間に閉じ込められることで安定化し、さらに壊れかけたタンパク質の3次元構造が修復されるリフォールディングが起きることを見出しました。これらの「空間捕捉効果」を活用することで観測困難であったタンパク質の構造を解明する手法を今後開発していきます。
「タンパク質は狭い空間に閉じ込めるとその振る舞いが変わるのか?」自己組織化の研究で生じた素朴な疑問に答えるために、中空空間をもつ人工分子にタンパク質を包接する検討を10年来試みてきました。タンパク質(分子量は1万以上)は、有機小分子(分子量は500以下)よりも遥かに大きく、さらにタンパク質の複雑な立体構造を保ったまま中空錯体分子へ包接することは困難を極めました。タンパク質を包接できるほど大きな内部空間をもつ世界最大の錯体分子の構築には成功していたものの、当初はわざわざタンパク質の一部に改変を加えて錯体内に入れ、包接できたことを確認するだけで精一杯でした(Nat. Commun. 2012, 3, 1093. 10.1038/ncomms2093)。
今回Chem誌に発表した研究では、新しい包接手法を開発することで、改変操作を省き、天然型のタンパク質を中空錯体分子に包接することを達成しました。タンパク質のN末端アミノ基との選択的な縮合反応を活用することで、天然構造を保ったままタンパク質を中空錯体分子内に包接することができました。さらに、包接したタンパク質の構造と合わせて、その酵素活性を初めて評価し、狭い空間内でのタンパク質が示す機能を世界に先駆けて明らかにしました。本研究の包接手法は、タンパク質に共通するN末端を活用するため、ほぼ全ての天然タンパク質に適用することができます。
クチナーゼ様酵素(CLE)というタンパク質を包接し、その機能と構造を解析すると驚くほどの安定化効果が観測されました。例えば、CLEはアセトニトリル溶媒中では1時間以内に完全に失活して酵素機能が無くなってしまいますが、狭い空間内に包接することで1ヶ月後でも酵素機能を保持していました(1,000倍以上の安定化効果)。これは、アセトニトリル溶媒中という変性条件ではタンパク質が立体的な高次構造を失って凝集してしまうのに対し、包接されたタンパク質は空間的に隔離され変性・凝集が抑制されたからだと分かりました。さらに、包接CLEはアセトニトリル溶媒中で2週間後には構造が崩れ始めていたものの、溶媒を水に替えることで高次構造が復元し、酵素活性が完全に再生しました。この分子シャペロンを想起させるリフォールディング効果は、狭い空間にタンパク質を1分子だけ包接できたからこそ生じたものです。このように、タンパク質に「空間捕捉効果」がはたらき、狭い空間内で特異な性質が発現することが明らかになりました。
我々は、このタンパク質を包接する化学を「拡張スポンジ法」と名付け、高度なタンパク質の構造解析技術へと発展させることを目指して研究しています。構造が厳密に定まった中空錯体分子の内部空間は、タンパク質の詳細な構造情報を得るのに適した場を与えます。さらに、「空間捕捉効果」を活用することで誰も観測し得なかったタンパク質の構造を捉えることができると考えています。例えば、中空錯体内部に不安定なタンパク質や中間体状態での構造を捕捉することで、これまで観測困難であったタンパク質の動的・過渡的な構造を解明できるでしょう。将来的には、タンパク質の構造解析の全く新しいアプローチとして、ライフサイエンス全般に革新をもたらすような技術へと発展させることを思い描いています。
Protein stabilization and refolding in a gigantic self-assembled cage
D. Fujita, R. Suzuki, Y. Fujii, M. Yamada, T. Nakama, A. Matsugami, F. Hayashi, J.-K. Weng, M. Yagi-Utsumi, and M. Fujita
Chem 2021, 7, 2672–2683.
結晶スポンジ法:その原理と概念実証研究
本総説では、我々にとってのコア技術である結晶スポンジ法が生まれるまでに至った歴史的背景、およびその原理について解説しています。加えて、結晶スポンジ法の開発以降に我々や国内外の研究者たちが見出した技術的な改良点、および結晶スポンジ法の効果的な応用研究例についても触れています。
Crystalline Sponge Method: X-ray Structure Analysis of Small Molecules by Post-Orientation within Porous Crystals—Principle and Proof-of-Concept Studies
N. Zigon, V. Duplan, N. Wada, and M. Fujita
Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 25204-25222.